日記
神と悪魔の共通点?
皆さんもしかしたらサキュバスって
夢の中に出てくる隠微な悪魔として
聞きなれた名前じゃないでしょうか?
でも神様と悪魔って共通点があると思うんですよ。
まず人以外の意思であり
ある価値観をもっている
その価値観を万人が理解できる訳ではないこと
そして人外の力を持っていること
(時に法則という名前で人もその力を使う事ができる事)
そして神様は人間の認識の中から生まれたということ。
これは誤解が無いように言いますと
神様がいないという意味ではありません。
(便宜上、神様がいる事を前提として話します)
神様はいるんだけども普通の人間は
神様を見る事は出来ないわけで
神様ってのはどんな存在なのかは誰にもわからない
そこで神様ってのはこんな感じって
イメージするんですね。
問題は神様を見た事があるという人です。
あと神のお告げを聞いた事がある人。
これは本当に神様なのか
本当に神のお告げなのか
検証する事は難しいんです。
だから
「まず信じよ、されば与えられん」
というような教義があるんです。
でも信じるという力自体は偉大です。
信じたものの力を、引き出す事ができるのも
過去の成功哲学にて実証されております。
そこにある神様の存在を信じていると
神様はあなたのメンタルに力を与えてくれます。
ところで神様っていったい何人いるんでしょうか?
カノンの考えでは
「神様の数は一つであり無限である。」
多分本当の神様というものは
(無神論者の為にわかりやすく言えば、神様の変わりに
「真理という公式」と考えて下さい。)
一つだと思います。
姿無く形なく、人間のような俗世的な感情もなく
それでいて無限の影響力を持ち
万能の存在。
わからないですね、イメージできないですわね。
でも信仰者というものは
何らかの形で神様をイメージしてるんです。
このイメージって人それぞれ違うと思いませんか?
人間の頭の中にある神様のイメージですから
そのイメージが本当の神様のイメージなのかは
誰にもわかりません。
個人的な宗教観で言いますと、それでも良いんです。
どうせ唯一神としての神様がどんな者かわからないんですから
まあ、わからなくてもその唯一神の見えない存在に感謝ができれば
それは一つの信仰になるんだと思います。
それに万能の神様が創った人間が理解できないということは
神様の意思で理解できないように創ったという解釈もできます。
それ故人間はイメージと観念の中でしか
見えないものを理解する事はできません。
そこで何らかのイメージをするわけです。
それが八百万の神様なんだとおもいます。
神様はある意味万能でその人のイメージ通りの神様として
信仰度合いによって効力を発揮してくれます。
だから、「信じる者は救われる」といいますし。
成功哲学的には「思考は現実化する」という言葉も有名ですし
この頃では、ザ・シークレットの「引き寄せの法則」が流行ってますね。
そしてその法則を実行して効果がでた人の中で
一神教的思想の人は、「この神様が絶対だ」
「本物の神様だ」って思うんです。
そうする事で、信仰による救い効果は高まるんですが
問題は、他人の頭の中には
また別のイメージの神様がいるということです。
それを理解できないと、他人のイメージの神様を
偽物の神様という評価をするんですね。
それを特にキリスト教世界では
他宗教のことを邪教とよんだり
別のイメージの神様を悪魔とよんだりしたわけです。
(キリスト教に限らず一神教の宗教は皆そうですね)
だから
つまるところ神も悪魔の元は同じな場合がけっこうあります。
後は恐れの対象としての悪魔というのもありますが
この存在も結局神と同じ効果を人間に与えているに過ぎないんです。
例えば「呪い」これは「祈り」と同じですよね。
ただ「念」の内容が、善意か悪意かの違いだけです。
成功哲学的に言えば
呪いも怨みもやはり思考は現実化するんです。
だから恐いんですが
でも呪うのも怨むのも実は人間の意志ですよね。
そこへ鬼や悪魔という巨大なものを信じるという
そう「信じる」というレバレッジによって
悪意も巨大化することが可能なんです。
だからこそ悪魔とよばれるんですが
実はこの悪魔ってのは人間の意思や欲や願望をかなえてるだけだとしたら。
慈悲深い神様の力と何ら変わらないではないですか。
そこで
神様は人間にとって良いことをしてくれる。
悪魔は人間にとって悪いことをする。
と思われますが
見方を変えると。
(便宜上エネルギー体という言葉を使いますが)
あるエネルギー体があったとします。
そのエネルギー体は周波数を合わせることができれば
どんな願いも聞いてくれる万能の力を持っていたと仮定します。
そのため人間はこの不思議なエネルギー体を
善い事にも悪い事にも利用しようと考える人が出てきます。
で、善い事に利用した場合
人間はその不思議なエネルギー体の事を
「神様」とよび
悪い事に利用した場合
不思議なエネルギー体を
「悪魔」とよびます。
こう考えたら
実は神様も悪魔も同じだよね。
という一見不埒に見える考え方に
真面目に行き着くことができます。
あと何が善い事とか
何が悪い事とかを決めるのは
実は神様サイドじゃなくて
人間だったりします。
だから善悪の評価は時代によって変わってくるんです。
本当に神様が善悪の評価を決めていれば
人間の評価が変わる必要もありませんから。
しかも
神様は万能ですから
神がこの世と人間を(その他生物も含め)
創ったとしたならば
神様の考える悪い事をする人間は
神様は創りませんよ。
なんせ神様は万能ですから。
さて話を「サキュバスリリィ快楽の聖典」に戻します。
今回小説にサキュバスが出てきます。
というか主役です(爆)
これは一般的に悪魔といわれております。
キリスト教の悪魔ですね。
セックスによる快楽を不浄のものと考えたので
サキュバスは悪魔なんです。
でもセックスによる快楽は何故不浄なのでしょう
セックスというのは生殖行為で在ると同時に
万物の愛の儀式ではないのでしょうか?
(ストレートに何故?という疑問に対する個人的な答えは
人間の羞恥心という感情と対になるようにして
得る事のできる快楽だからではないかと考えてます。
が、あくまでも人間の感情の話であって
それが悪い事であるかどうかは別の問題です)
僕はこう思います。
「快楽とは、神が与えたギフトである」
だって、宗教的見地で考えれば
人間って慈悲深く万能の神様が作ったものでしょ。
気持ち良いって感情は
神様が与えてくれたプレゼントじゃないんですか?
そのプレゼントを受け取るのも
拒むのも人間の自由なんです。
別にプレゼントを受け取らなくても
神様は怒りはしません。
でもせっかくプレゼントしてくれてるんですから
プレゼントを受け取ってみては
いかがなものでしょうか?
そんなわけでサキュバスを
人間に快楽を与えるキューピットとして
登場させたんですね。
ちなみにキューピットってのは
ローマ神話の天使さんでして
ギリシャ神話のエロスと同一視されております。
こっちでは正真正銘悪魔ではなく神様なんですね。
終わり。
あっ小説の方はエロいんで
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